今までの日記はこちらです。

 

■□■ 2002年6月 ■□■

2002年6月28日(金)

 
 

 コロンブスレポートの作成が順調に進んでいます。

 今回の内容は『一般質問で行った児童クラブの件』と『第6次総合計画』の2項目について掲載予定にしていたのですが、「内容が堅いことばかりで、読む気にならない」との指摘をスタッフからいただいた結果、新たに3項目ほど増やし、写真も多くしたので、かなりやわらかい感じの紙面になったと思っています。

 編集長の都築さんには、自らの仕事時間を割いてのお手伝いに対して、本当に感謝しています。

 7月15日頃までには配布を終えたいと思います。

2002年6月25日(火)

 
 

 6月議会最終日。

 提案されていた15議案全て可決。一般質問以外ではめずらしく数人の若者が傍聴に来ていましたが、淡々と進められる議事進行に少し拍子抜けしたのではないかと思われます。

 それにしても、私の隣りの席の野村議員は議案ごとに反対討論・賛成討論をきちっとされています。意見については、私とは異なっていますが、その姿勢は大変素晴らしいと思います。

 その原稿を作成するだけでもかなりの時間を費やすと思われるのですが、それ以外にも毎週発行している機関紙の原稿書きもあって・・・・本当によく勉強し、努力してみえるといつも感心します。

2002年6月21日(金)

 
 

 コロンブスレポートVol.15の原稿作成に取り掛かっています。

 6月議会は比較的議案も少ないため、今回は先に出された第6次総合計画の中身についてレポートしようと思います。

 出来る限り市民の皆様に判り易い表現で書くことを心掛けているのですが、私も議員になって3年、少し役所の感覚に染まってきてしまったのか、お役所独特の言い回しをなかなか普通の表現に変換することができなくなってしまいました。

 これはちょっとまずいなぁ~!

2002年6月18日(火)

 
 

 私の所属する文教委員会が開かれました。

 今回は議案もあまりなく、陳情・請願もなかったため、予算審査特別委員会の分科会を含めて30分で終了しました。議員になって3年の間で最も短い委員会だったような気がします。

 3時からはサッカーワールドカップ決勝トーナメント日本VSトルコ戦をテレビで
観戦していました。

 前半12分、コーナーキックから入れられた1点が結局決勝点となり、日本はベスト8に入ることができず敗退となりました。

 その前の軽率なパスミスを含めて、ちょっとしたスキが取り返しのつかない失点につながったように思います。非常に残念!

 夕方からは万燈まつりの太鼓の練習に参加しました。桜区の女性の方も、数人たたけるようになってきました。当日は他の町内には見られない、女性による華麗な太鼓打ち(?)が見られそうです。

2002年6月17日(月)

 
 

 6月議会の委員会がスタートしました。

 今日は午前中が企画総務委員会、午後からは福祉経済委員会が行われ、私は両方の委員会共に傍聴しました。

 どちらの委員会も請願・陳情の審査の時には多くの傍聴者がみえ、椅子を追加しないと我々のような議員の傍聴者が座れない状況でした。

  安城南中学の生徒さんから碧海市に関する質問のメールが届きました。
『こんにちは。安城南中学校の2年生です。私は今授業で碧海市についてのレポートを書いていてこのHPを見つけ、刈谷市の議会議員さんの意見を聞いてみたいと思いました。
質問によろしければ返事を下さい。
1、実際17年度までに合併は成立しそうなんですか?
2、どうして合併しなければいけないんですか?
3、安城七夕祭りや、駅の名前、住所も全て碧海市となるんですか?
4、合併についてどう思いますか?』

直ぐに返信のメールをしました。

『(1)議会の中で、他の議員さんの意見を拾ってみると、合併協議会はほぼ設置されるのではないかと思いますが、合併そのものは賛否色々あって17年までとなると非常に微妙なのかなと思います。

(2)「合併をしなければいけない」わけではありません、将来のこの地域の形、あるいはこの国の形として、今よりももう少し大きな括りで行政が行われる必要があると考えられるからです。(詳しくは(4)で)

(3)それぞれの地域の伝統や文化、独自の地名などはそのままで残ると思います。また、地域の特色などもたとえ碧海市になっても消えることなく受け継がれてゆくと思います。そのことはたとえば、東京23区で考えてみて下さい。あれだけ広く、沢山の人口がいる都市でも、それぞれの区の人柄、特色というのがありますよね。たとえば、浅草といえば、我々外の人間でも「下町の人情味あふれる土地柄・・・」というイメージが涌くのではないでしょうか。したがって、「安城七夕まつり」はそのままだとおもいますよ、住所は全て碧海市○○になるとは思いますが、たとえば碧海市刈谷区桜町・・・のようになるのでしょうか。また、駅名はJRや名鉄が決めることなのでよくわかりませんが、地域の声が反映されると思います。

(4)合併には賛成です。よく反対論の中で「今刈谷は財政的に豊で、市民向けのサービス水準も高いのになぜ合併などするのか」といった意見がありますが、この状態がこのままなにもしなくてずっと維持できるでしょうか?今後は高齢社会を迎え、市民向けサービスもこれまで以上に高度で多様性に富んだものが要求されてくると思います。そうした時、都市の基盤は更に強固なものでなければ対応できないと思いますし、また今後は都市間競争の時代です。他市に比べて魅力あるまちかどうかで、人も企業もそこにいるかどうかを決めてゆくと思います。今の刈谷市が豊であるのも、トヨタ系企業の本社が多数あればこそのものだと思います。今後はそこに住む人からも、またそこで事業をする企業からも、市に魅力を感じ、その市を選んでもらえるような努力が必要であり、その形を実現する方法の1つが市の合併だと思っています。

また、国のレベルでの話をすれば、ご承知のように今この国はものすごい金額の借金があります。これを解消する方法の1つは、それぞれの地域が自立して、国に頼らないでもやってゆけるようなしくみをつくることです。その方法が今総務省が進めている、約3000ある市町村を1000程度に合併するということです。中央集権から地方分権(地域主権)に・・・これが国の借金解消の1つの方法であると私は信じています。その時に、自分の地域だけ現状でなにもこまっていないし今が豊だからそれでいい、という考え方はどうかと思います。この地域が地域主権のモデルケースになる位の気概を持つべきだと思います。』

 委員会の傍聴にしても、中学生からのメールにしても、市民の皆様が自らのまちのことや政治に関心を持ってくださるのは嬉しいことです。

2002年6月15日(土)

 
 

 今日は昼から万燈まつりの太鼓の練習でした。

 子供達も学校が休みのため、練習会場に3人の子供を連れて参加しました。

 長女(中1)は太鼓の楽譜を渡しただけで、自分ひとりで4分音符と8分音符とを区別しながらたたき始め、2時間ほどするとほぼ完璧にたたけるようになっていました。子供の柔軟性とリズム感の良さに改めて驚かされました。

2002年6月12日(水)

 
 

 一般質問も2日目が終了しました。

 今日の質問者は6名でした。こうして思うと昨日の質問者4名だけというのは異常な少なさです。先輩議員に聞いても「過去一日に5人ということはよくあったけれども、4人というのは記憶にないなぁ」と仰っていました。

 私も今回その記録に絡むことが出来て光栄に思っています(?)(⌒▽⌒)

 それにしても、刈谷市議会30名の議員は本当に個性派ぞろいです。一般質問を聞いていると、問題に対する着眼点やアイデア、話術などは本当に勉強になります。それぞれの議員の良い点をぜひ見習って、自分の中に取り入れてゆきたいと思いました。

2002年6月11日(火)

 
 

 本日4番目に一般質問を約1時間10分行いました。

 自分自身の評価としては、手を広げすぎたためピントがボケてしまい、特に2回目以降の質問を自席にて行った部分は、自分でも質問内容が整理できないような状況になってしまい、今回は非常にできの悪い状態だったと思っています。

 次回からはもう少しポイントを絞って望みたいと思います。

 終了後6時からは桜市民館において、万燈まつりの太鼓の練習をみっちり2時間30分行いました。

 リズム感が非常に悪くどうなることかと思っていましたが、今日の練習で「このままのペースで練習を重ねてゆけばなんとか様になるだろう」という希望が出てきました。とにかく体で覚えることです。

 チャラボコ チャラボコ チャン デコデ♪

2002年6月9日(日)

 
 

 午前中は特に予定が入ってなかったので、娘(中1)の勉強をなんと昼の2時まで、5時間近くも見てやりました。

 社会や英語などは、自分自身にとっても一般教養として改めて勉強しておくと良い内容で、大変に役立ちました。娘も夕方から行われた塾でのミニテストではクラス1番だったということで、私と娘の両方にとってプラスとなり、充実したいい時間を過ごすことが出来たと思います。

 その後、約2時間恒例の街頭活動を行って、6時からは小山地区の公職者懇談会に出席しました。

 そしてそして、なんといっても今日の楽しみは8時30分からのサッカーワールドカップ日本VSロシア戦です。前回のベルギー戦が万燈祭りの練習のため観戦することができなかった私としては、待ちに待ったテレビ観戦です。

 家族全員でテレビの前にかじりついていました。

 結果はご承知の通り1対0で日本の勝利!万歳!

 だがここで油断すると、次のチュニジア戦を取りこぼす恐れがあるので、ここはあまりいい気にならず、気を抜かず・・・・・(^人^)次も頑張れ日本!

2002年6月7日(金)

 
 

 (社)刈谷青年会議所の広域まちづくり委員会のメンバーから相談を受けました。

 9月~10月頃に予定しているセミナーの中で、『合併協議会設置を求める署名活動後のJCのこの問題に対するかかわり方について』を考えてゆきたいが、具体的にどのような手法のセミナーにしたらよいのかという相談でした。

 今の段階では、確実に合併協議会がこの時期には設置されているとも言い難いし、合併協議会の中でこの地域のグランドデザインが議論されている時に、JCが市民運動として何が出来るのかと改めて問われると、非常に難しいなぁと感じました。


2002年6月4日(火)

 
 

 万燈祭りに参加する『デンソー・桜区合同チーム』の第一回練習が夕方6時30より行われました。

 「サッカーワールドカップの日本VSベルギー戦が行われるこんな日に、しかも
まったく同じ時間に練習日を組むとは何事だ!!!」というクレームもちらほら耳にしましたが、そこは我慢と割り切って参加しました。

 万燈のお囃子、太鼓の練習をしたのですが、改めて自分のリズム感のないことにがっくりしました。

 皆さん始めてにしてはそこそこ上手なリズムを打つのですが、私はどーものみ込みが悪くていけませんでした。

 これから本番まで毎週火・木・土の3日間猛練習です・・・・・。

 それにしても参加者103名とは、ずいぶん多くの人が集まったものです。


2002年6月3日(月)

 
 

 今日の午前中までで、6月議会一般質問の通告締め切りということで、私も事務局に提出してきました。

 今回の一般質問は、①事務事業の外部委託について、②児童クラブ(学童保育)の充実についての2つのテーマで行います。

2002年6月2日(日)

 
 

 今日も予定の間をぬって街頭活動を行いました。

 ヨ-カド-でやっていたら買い物を終えられたご婦人からコーラとヤクルトの差し入れがありました。

 「暑いのにいつもがんばってみえるわねぇ」人はちゃんと見ていてくださいます。

 PM3:00からは総合運動公園にて、碧海ジュニアサッカー大会のアトラクショ
ンとして行われた、『後ろ向きになって頭の上から品物を移動させる・・・何人の人が移動させることが出来るか』の世界記録を作ろうというイベントに「ギネスに申請する際の公式な見届け人になってほしい」という依頼があり参加しました。

 人数だけでなくタイムも競ったらもっとハラハラドキドキで楽しいイベントになっ
たのではと思いましたが、1500人を越える新記録達成ということで、申請書に署名をさせていただきました。

2002年6月1日(土)

 
 

 今日はヨーカドー前、アピタ前共にいつもと違う時間帯に街頭活動を行いました。

 名古屋空港まで往復しなければいけない用事が入ったため、街頭活動の時間をずらしたものです。

 「そんなに無理してやらなくても、今日は止めにしようかな~」と少し怠け心が出たのですが、次の6月議会一般質問で取り上げる内容について演説すれば、一般質問に向けて絶好の頭の整理と、練習の場になると考えて無理をしてでも行うことにしました。

 終わった今の感想  「あ~やっぱりやってよかった」お陰で気持の上では充実した一日になりました。

 

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