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今までの日記はこちらです。

 

<2000年月>

2000年3月25日(土)
 「元気な日本を創ります」のテーマで、衆議院議員大村ひであき先生の総決起大会が体育館で行なわれました。私も市議団の中で一番若いということで、ガンバロー三唱の音頭を、ちょっぴり緊張しながら取りました。

 閉会後すぐに、わが自民クラブの議員さん全てと、他の会派では西口議員・星野議員などが、誰の指示を受けるわけでもなく、自発的に出口の所に行って、風が強く寒い中、「ありがとうございました」と帰って行かれるお客様に頭を下げて、見送っておられました。

 日頃どんなに立派な事を言っていても、あのような場面でどういった行動がとれるかで、その人の真価が問われるのだと思います。そういった意味では、今回あの場で整列してあいさつをされていた議員さん一人ひとりの行動は、本当に立派な事であり、感動するとともに、先輩議員の後ろ姿に教えられた気がしました。


2000年3月24日(金)
 今日で3月度議会が終わりました。定例会3度目にしてやっと運営方法や議会用語、議会のしくみが判ってきた所です。

 AM11:30に終了後、この3月で市役所を退職される課長以上の方へのご苦労様会がありました。定年の方12名、それ以外の方1名の合計13名の方が退職されます。一度も話をしたことのない方も数名いらっしゃいますが、面識があろうがなかろうが、別れはやはり寂しいものです。

 昭和33年、ちょうど東京タワーが完成した年に入所され以来42年間、いづれの方も刈谷市発展のためにご尽力されたことと思います。当時の初任給は6,100円だったそうです。

 皆様本当にご苦労様でした。


2000年3月18日(土)
 かりがね小学校の卒業式に出席しました。卒業生と在校生が向き合う型の、少し変わったスタイルでの卒業式でした。

 校長先生から手渡された卒業証書を、子供達が、一人ひとり、親に手渡してゆく姿は、ほほえましいと共に、感動して見ていました。

 PM 2:00からはJCの例会に出席しました。今回は碧海市推進のための一つの方法として、5つのJCの合併をシュミレーションしてみるため、5つのJCが合同で例会を開催しました。安城の地で、土曜の昼からということで、出席率が非常に悪かったのが残念です。


2000年3月17日(金)
 都市開発特別委員会がAM 10:00より行なわれました。この委員会は刈谷駅南口再開発にについて、調査・研究する委員会です。私も、先の12月度議会で耳にした、「一坪地主」の事について質問をしました。

 その質問の中で、私の思い込みと、勘違いで、12月議会の中では言われていないような内容まで言ってしまい、発言の訂正をする事となりました。

 『過ちを改むるにはばかることなかれ』

 これからも、早とちりをすることなく、慎重に考えて発言をしなければと、大いに反省させられました。


2000年3月14日(火)
 朝の10時から福祉経済委員会が行なわれました。なんと、昼の休憩をはさんで夕方の6時まで、みっちりと7時間に及ぶ会議でした。

 私も介護保険の問題について、「お隣の高浜市は、福祉先進市として非常に注目をされているが、わが刈谷市は、介護や福祉という点で、高浜市に比べて、そんなに劣っているのか」という主旨の質問をしました。
 この答えにつきましては、次回のコロンブスレポートで
判り易く説明したいと思っています。

 平成12年度予算の関係する部所を、課長さんが説明して行くのですが、本会議で部長さんが説明した事の繰り返しであり、再確認ができるという点は良いのですが、何か時間の無駄な気もします。

2000年3月8日(水)
 今日から3月定例議会の一般質問が始まりました。
7名の議員が様々な角度で質問を行ないました。
今回は私自身の質問はありませんので、客観的に、
いくぶんゆったりとした気持ちで、他の議員の議論を
聞くことができます。私が気が付かないような視点
での質問が多くあり、大変勉強になります。

2000年3月5日(日)
 後援会の皆様との昼食会・市政報告会を
千早苑さんで行ないました。

 多くの方に参加をいただいて、最後は
総決起大会のような感じで、大いに盛り上り、
都築君の音頭でガンバロー三唱で終わりました。
今年の7月に再び選挙が行なわれるような感じでした。
みなさん本当にありがとうございます。

2000年3月2日(木)
 AM11:00より、後援会の事務局に集まっていただき、
来る3月5日に開催予定の、市政報告会・昼食会の最終打ち合わせを
行ないました。

 「余りぎょうぎょうしくならずに、気楽に普段着で
来ていただけるような設営を」
 
全員の共通した意見でした。

 夜、自宅に帰ると、娘の美帆(小4)が、児童会の役員選挙に立候補したことを
聞かされました。競争率10倍ほどらしいので、当選はとても厳しそうであります。
勉強やスポーツ、趣味などにはさほどチャレンジ精神がないのですが、
なぜか選挙となると、無謀な挑戦をして行きます。
 「あなたのDNAを受け継いだのネ」という
妻の言葉になぜか納得してしまいました。

2000年3月1日(水)
 今日は県立高校の卒業式。そして昨日は同窓会の入会式が
わが母校、刈谷北高等学校でも行なわれました。

 同窓会の役員を代表して、私が祝辞を述べることになり、
こんな主旨のことをお話ししました。

  「同窓会への入会がなぜおめでたいのか?
 それは同窓生というだけで、約22,000名の先輩と出会い、
 話ができるチャンスを得ることができるからです。
 そして、その出会いを、単なる出会いで終わらせるのでなく、
 自分自身の人生の中で、生かして行くことが大切です。
   小才は縁に気付かず
   中才は縁を生かさず
   大才は袖すれ合うをも縁とする
 北高同窓生という縁を生かして行ってください。」

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